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神戸地方裁判所 昭和57年(行ウ)24号 判決

原告

浜口正人

被告

神戸市長

右訴訟代理人

奥村孝

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は神戸市議会の会派に対して神戸市会調査研究費を支給してはならない。

2  被告は神戸市議会議員に対して議員厚生費を支給してはならない。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

(本案前の答弁)

1 本件訴えをいずれも却下する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

(本案に対する答弁)

主文と同旨。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は神戸市の住民であり、被告は同市の長である。

2  本件各支出について

ところで、被告は、地方自治法(以下、「法」という。)二三二条の二、神戸市会調査研究費の交付に関する規則(昭和四〇年三月神戸市規則第八九号、但し、昭和五七年三月同規則第九八号により全面改正。以下、右改正前の規則を「本件旧規則」、改正後の規則を「本件新規則」という。)に基づき、神戸市議会(以下、「市会」ともいう。)の各会派に対して議員一人当たり月額二〇万円(本件新規則による)の市会調査研究費(以下、「調査研究費」という。)を、また、法二三二条の二に基づいて、神戸市会議員厚生会(以下、「厚生会」という。)に対し、議員一人当たり年額五万円の議員厚生費を、それぞれ支出している(これら調査研究費及び議員厚生費の各支出を合わせて、以下、「本件各支出」という。)

3  本件各支出の違法性

しかしながら、本件各支出は、次の理由により違法である。

(一) 調査研究費について

(1) 支出自体の違法性

(イ) 日本国憲法は、統治機構における三権分立の制度を規定しているが、このことは、国政におけるのみならず、地方公共団体においても妥当するものである。そして、それを地方公共団体の議会を構成する議員についてみるならば、議員はその活動につき、地方公共団体における他の機関、とりわけ、長を始めとする執行機関(以下、これらを総称して「行政」という。)から独立していることが必要である。

よつて、議員は、自らの政治活動の財源についても自己負担又は自主的な政治活動に対する寄付等の政治資金をもつてこれに充てるべきであり、これを行政に依存すべきものではない。

ところが、調査研究費は、まさに行政が公の財産によつて議員の財政的基盤を補助するものであり、これによつて議員を財政面から行政に隷属させるものである。

(ロ) また、市会の各会派は、政治的思想を同じくする議員が相集つて結成されたものであり、政治資金規正法にいう政治団体に該当するから、このような団体に対して支給される調査研究費の性格は、まさに同法一二条、同法施行規則七条において政治団体の経費として規定されている調査研究費に該当するものである。

従つて、同法の趣旨に照らすならば、このような調査研究費は、本来同法所定の党費、会費又は寄附等の政治資金によつて賄うべきであり、公の財産から支出するのは違法である。

(ハ) 更に、右(イ)及び(ロ)の各主張に理由がないとしても、調査研究費は、議員には交付しないものとし(本件旧規則二条二項、同新規則三条二項)、会派への支給の形式をとつているが、会派の所属議員数によつて支給額が決定され、会派に属しない議員に対しても支給されていることからも明らかなように、その実態は、議員個人に対して支給するものである。

従つて、調査研究費の支出は法二〇四条の二に違反する。

(2) 使用上の違法性

(イ) 仮に、こうした調査研究費の支出が法二三二条の二所定の補助金の支出として許されるとしても、その支給を受けた各会派としては、本来これを調査費用、図書購入費用又は会議、通信、印刷費用等の調査研究のための費用に充えるべきものである。

(ロ) ところが、各会派は、現実には調査研究費を一回一万円以上の食事、カラ出張、慰安旅行等、その本来の目的外に使用している。

例えば、自民党神戸市会議員団は、

① 昭和五六年七月四日に神戸市内の中華料理店で政策会議を開いたとの虚偽の報告をし、その証拠として、同年一〇月に行われた同会派政務調査員(以下、「調査員」という。)の知人の結婚披露宴にかかる六六万四七四〇円の領収書を流用した。

② 同年七月八日から一〇日まで訴外長谷川忠義市会議員(以下、「長谷川市議」という。)及び調査員等が横浜市及び東京都に港湾マイタウン関係の調査のために出張し、二二万二七〇〇円を使用したとの虚偽の報告をした。

③ 市会議員七人と調査員が同年七月一四日から一五日にかけて一泊二日で高知市に行つた慰安旅行(竜河洞、桂浜の名勝地を観光し、ホテルではホステス五人を呼んで宴会をした。)につき、同月一三日から一五日までの二泊三日で高知市に都市公園調査に赴いて四五万八八〇〇円を使用したとの虚偽の報告をした。

④ 同年九月に長谷川市議ら市会議員三人と調査員が長崎に一泊二日で空港関係調査に出張し、二〇万七三〇〇円を使用したとの虚偽の報告をした。

また、公明党神戸市会議員団は、

⑤ 同年一〇月一九日から二〇日にかけて行つた市会議員四人による北九州市及び柳川市への出張を二泊三日と報告し、一人当たり宿泊費一万二五〇〇円と日当二五〇〇円の計六万円を水増し請求した。

⑥ 同月一九日から二〇日にかけて行つた市会議員四人による名古屋市及び横浜市への出張を二泊三日と報告し、一人当たり宿泊費一万二五〇〇円と日当二五〇〇円の計六万円を水増し請求した。

(ハ) そして、被告は、このように調査研究費が違法に使用されることを知りながら、これを支出している。

(二) 議員厚生費について

(1) 厚生会は、その会員である全議員の個人負担(一人当たり年額二万四〇〇〇円)と市からの補助金である議員厚生費とで運営されており、議員に対する釣り、観劇、旅行、野球等の行事の実施をその事業内容としている。

(2) しかしながら、厚生会の行うこれらの事業は、まさにレジャーであつて、本来議員個人の負担で行うべきものである。

(3) 更に、厚生会の観劇部会に至つては、議員のほかに、その家族一人分の費用までもが厚生会から支出されている。

(三) よって、本件各支出は、いずれも公益性を欠くものとして、法二三二条の二に違反し、無効である。

4  そして、神戸市の議員は合計七二人であるから、今後とも本件各支出が続けられることになれば、神戸市において、回復の困難な損害を生ずるおそれがあることは明白である。

5  よつて、原告は、法二四二条の二第一項一号により、本件各支出の差止めを求めるものである。

二  本案前の答弁の理由

1  本件各訴えは、差止めを求めるべき対象が特定されていない。

2  被告は、法二三二条の二による補助金の支出権限を補助職員たる助役又は局長に内部的に委譲している。すなわち、神戸市では、その内部規則である助役以下専決規程(昭和三三年八月二七日訓令甲第五号、以下、「本件規程」という。)によつて五〇〇万円を超える補助金は助役、五〇〇万円以下の補助金は局長に、それぞれ支出権限が委譲されている。

ところで、原告が本件各訴えにおいて問題としている調査研究費は五〇〇万円を超えるので、助役が、議員厚生費は五〇〇万円以下であるので市会事務局長が、それぞれ支出権限を有している。なお、市会事務局長は、本来市会事務局の職員であるが、市長の権限に属する事務の補助職員として併任されているので、本件規程においても市長の権限の補助職員と定められている。

よつて、被告は、本件各支出につき、いずれも支出権限を有していない。

3  仕上のとおりであるから、原告の本件各訴えは、いずれも不適法である。

三  本案前の答弁の理由に対する認否及び反論

1  本案前の答弁の理由第1項の主張は争う。同第2項については、第三段の主張は争い、その余の事実は認める。同第3項の主張は争う。

2  本案前の答弁の理由第2項に対する反論

(一) 本件規程は、支出金の決裁等の事務手続を助役又は局長に委譲しているものにすぎず、本件各支出の決定権限は、なお被告にあるものと解すべきである。

(二) 普通地方公共団体の支出する補助金は、法二三二条の二によつて公益上必要がある場合に支出できるとされているが、この公益性の判断は長の専権であると解すべきである。

よつて、本件規程により被告が右の判断を行う権限を有しないことになるとすれば、同規程は長の前記権限を不当に侵害するものとして、それ自体法に違反し無効である。

(三) 以上のとおりであるから、被告の前記主張は理由がない。

四  請求原因に対する認否〈省略〉

五  被告の主張

1  調査研究費について

(一) 調査研究費は、市会における市政に関する調査及び研究の推進を図ることを目的として、法二三二条の二の規定に基づいて市会の各会派に対して交付される補助金であり、次にあげる規則等に基づき、昭和四〇年四月から支出されている。

(1) 昭和五七年三月三一日以前

(イ) 本件旧規則

(ロ) 神戸市会調査研究費交付要項(昭和五六年六月最終改正、神戸市長決定。以下「本件旧要項」という。)

(ハ) 調査研究費交付事務処理要領(昭和五一年四月最終改正、神戸市企画局長決定。以下、「本件旧要領」という。)

(2) 昭和五七年四月一日以降

(イ) 本件新規則

(ロ) 調査研究費の交付に関する要綱(昭和五七年四月神戸市市長室長決定。以下、「本件新要綱」という。)

(二) ところで、市会は、市民の意思を汲み上げて、その意思を条例の制定、予算の決定等を通じて市政に反映させるための場であり、議会を構成する議員は、このような市民の意思を反映させるために、市民の直接選挙によつて選出されたものである。このように、議員は、地方自治において重要な役割を担うものであるから、その責務は重く、また、高度な識見とこれに裏付けられた議会活動能力を要求される。そのため、議員に対しては日ごろからの研鑚が期待されているところ、政治的思想を同じくする議員が相集まつて結成した会派において、互いに研鑚に努めることはより効果的であり、また、市の政策等について検討を加えることは有意義なことであるから、神戸市及び神戸市民にとつて好ましく、利益をもたらすものである。

(三) よって、こうした市会における会派の市政に関する調査及び研究を推進させるため、市が調査研究費という名目で補助金を支出することは、公益に合致するものである。

2  議員厚生費について

(一) 議員厚生費は、議員全体の教養の向上、健康の増進、親睦を図ることを目的として、厚生会の活動を補助するために、法二三二条の二に基づいて厚生会に対して交付されている補助金であり、昭和三一年四月から支出されている。

(二) ところで、行政需要の複雑化、高度化、多様化と量的増大に伴い、神戸市議会の議員の登庁日数は年間一人平均二〇九日(昭和五六年度)に達するのみならず、多様な市民の要求を市政に反映させていくためには、日常的な議会活動が不可欠となつている。また、他の職業に従事することなく、議会活動に専ら従事している者の比率は、全議員の七五パーセントにも及んでいる。そこで、このような議員の常勤化と、いわば専門職化の実態にかんがみ、議員の議合活動を円滑かつ能率的に進めるために、議員についても、一般職地方公務員の福利厚生制度に準じた制度が必要とされるようになつている。たとえば、法定のものとしては、地方公務員等共済組合法に基づく全国的組織の市議会議員共済会による退職年金等の給付事業や地方公務員災害補償法に基づく神戸市非常勤職員の公務災害補償等に関する条例(昭和四三年一月神戸市条例第四三号)による議員の公務上の災害等に対する補償制度があり、これらの制定経緯からも、議員に対する福利厚生制度の充実の必要性が明らかである。

(三) よつて、神戸市が議員の福利厚生の事業に関して補助を行うことは、議員の議会活動を円滑かつ能率的に行わせ、究極的に市民の利益をもたらすものであるから、議員厚生費は公益性を有する。

3  以上のとおりであるから、調査研究費及び議員厚生費の支給は、いずれも適法である。

六  被告の主張に対する認否〈省略〉

第三  証拠〈省略〉

理由

(本案前の答弁の理由に対する判断)

一被告は、本件各訴えは、差止めを求めるべき対象が特定されていないから、不適法である旨主張する。

しかしながら、請求原因第2項の事実並びに被告の主張第1項(一)及び第2項(一)の各事実は、いずれも当事者間に争いがなく、これによれば、原告が本件各訴えにおいてその差止めを求めている本件各支出は、その支出の対象及び根拠が明らかである。

そして、弁論の全趣旨によれば、本件各訴えは、判決確定の日以降の本件各支出の差止めを求めているものと解することができるから、差止めを求める対象の特定を欠くとはいえず、被告の右主張は理由がない。

二次に、被告は、本件各支出については、本件規程により、その支出権限が助役(調査研究費について)又は市会事務局長(議員厚生費について)にそれぞれ委譲され、これらの職員の専決とされているから、神戸市長を被告とする本件各訴えは、被告適格を欠く者に対する訴えとして不適法である旨主張するところ、本案前の答弁の理由第2項第一段及び第二段の各事実は、当事者間に争いがない。

しかしながら、〈証拠〉によれば、本件各支出に関する「専決」とは、本来被告が長として行うべき事項につき、その補助職員である助役又は市会事務局長が内部的な決定権を有していることをいうものであつて、これを外部的に表示する場合には、被告の処分として表示されていることが認められるから、本件各支出の差止めを求める本件各訴えにつき、被告適格を有する行政庁はなお被告であると解するのが相当である。

従つて、被告の右主張も理由がない。

三以上のとおりであるから、本件各訴えの却下を求める被告の本案前の主張は、いずれも理由がない。

(本案についての判断)

一請求原因第1項(当事者について)及び第2項(本件各支出について)の各事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二本件各支出の適否について

そこで、本件各支出が適法であるかどうかについて検討することとする。

1  補助金について

(一) 本件各支出が法二三二条の二所定の補助金として支出されるものであることは、当事者間に争いがない。

(二) ところが、法二三二条の二は、「普通地方公共団体は、その公益上必要がある場合においては、寄附又は補助をすることができる。」と規定し、地方公共団体が公益上必要があると認めた場合には、補助金の支出を行いうることを認めている。そして、このような補助金は、福祉国家の理念のもとに国及び地方公共団体の行政分野が拡大し、国及び地方公共団体は、その包摂する個人及び団体のほとんどすべてにわたつて、保護干渉の手を差しのべざるを得なくなつている現状のもとにおいては、その行政目的実現のための必要不可欠の手段となつている。ところが、補助金の支出の要件である「公益上の必要」という文言は、極めて抽象的であり、かつ、外延の広い概念である。よつて、特定の補助金の支出が「公益上の必要」によるものといえるかどうかは、当該地方公共団体の補助金支出の目的及び趣旨並びに補助金の支出を受ける個人又は団体の性格(団体の場合には、その目的、構成員、役員等の状況)、活動状況及び当該補助金が公益活動にどの程度役立つかなどの諸般の事情を総合して判断すべきであり、更に、当該補助金の支出の対象が政治的団体である場合には、当該補助金が政治活動資金として流用されるおそれがないか、行政による不当な政党支配になるおそれがないかというような点についても検討されなければならない。

(三) そこで、右の見地に立つて、以下、本件各支出が公益上の必要に基づくものであるかどうかについて検討することとする。

2  調査研究費について

(一) 〈証拠〉を総合すれば、以下の事実が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

(1) 近年、地方公共団体における行政需要は増大し、また、地域住民の要求も多種多様にわたつているため、議会の構成員である議員がその議会活動を十分に行うためには、地方行政一般についての広範な知識が必要になつてきており、いきおい、議員に対しては、地方行政に対する不断の調査研究活動が期待されている。

(2) ところが、こうした行政需要の増加に伴い、神戸市においては、市会議員の登庁日数が増加し(昭和五六年度において登庁可能日は、二九八日であり、全議員の平均登庁日数は二〇九であつた。)、また、多様な市民の要求を市政に反映させるためにも日常的な議会活動が不可欠となつているため、個々の議員が議会活動の傍ら、必要な資料を収集又は整理して市政に関する調査研究を十分に行うことは、必ずしも容易なことではない。

(3) そこで、神戸市では、議員がこうした市政に関する調査研究を行うことは、単に議員の議会活動が円滑かつ能率的に行われるにとどまらず、議員が地域住民の直接選挙によつて選出され、その代表として、住民の意思を条例の制定、予算の決定等を通じて市政に反映させるよう活動していることに照らすならば、その利益は、ひとり議員のみに帰すものではなく、こうした議員の議会活動を通して究極的には住民一般にも及ぶとの判断のもとに、議員の市政に関する調査研究の推進を図るために、議員によつて結成された各会派ごとに調査研究費を補助金として支給することとした。そして、その交付等に関して必要な事項を定めた本件旧規則(乙第一号証)を制定して昭和四〇年四月一日からこれを施行し、合わせて、その細則を定めるものとして、本件旧要項(乙第二号証)及び本件旧要領(乙第三号証)を制定し(本件旧規則、同要項及び同要領の制定並びに本件旧規則の施行の各事実は、当事者間に争いがない。)、これらに基づいて、同日以降調査研究費の支出が行われている。

その後、調査研究費の支給を受けた会派の経理の一層の明確化を図るために、本件旧規則は、同新規則(乙第四号証)に全面改正され、同規則は、昭和五七年四月一日から施行された。そして、その施行の細則についても、新たに本件新要綱(乙第五号証)が制定された(本件旧規則の改正、同新規則の制定及び施行並びに同新要綱の制定の各事実は、当事者間に争いがない。)。

なお、本件旧規則等と同新規則との主な内容は、別表(一)記載のとおりである。

(4) 市会においては、調査研究費の経理につき、神戸市会調査研究費交付金経理要領(昭和四二年一二月代表者会議決定)、神戸市会調査研究費交付金経理要綱(昭和五六年七月市会運営委員会理事会決定、以下、「旧経理要綱」という。)及び神戸市会調査研究費経理要綱(昭和五七年三月市会運営委員会理事会決定、以下、「新経理要綱」という。)等の自主的な要綱を定め、この中で調査研究費の使途を制限する(新旧経理要綱とも、別表(二)記載のような費用には支出できない旨を定めている。)とともに、その支出基準(新経理要綱における支出基準の概要は、別表(三)記載のとおりである。)、支出手続及び事後の検査体制(同要綱における事後の検査体制の概要は、別表(四)記載のとおりである。)を整備している。

以上認定の事実に国会議員についても、議員の立法に関する調査研究を推進するため国会の各会派に対して立法事務費が交付されている(国会における各会派に対する立法事務費の交付に関する法律、昭和二八年七月七日法律第五二号)ことを合わせ考えれば、神戸市が市会の各会派に対して調査研究費を支出することは、神戸市民一般の利益につながるものであり、その成果については種々の評価がありうるとしても、議員の市政に対する調査研究活動が活発に行われることは、市民の期待するところであるから、右支出は公益に資するものということができ、前述のとおり、その使途についても、市会が自主的に定めた経理要綱により、政党本来の活動に属する経費に充ててはならない旨を定めているほか、公正な経理が行われるよう支出手続及び事後の検査体制が一応整備されているので、調査研究費が政治資金に流用されるおそれがあるともいえない。

(二) 原告の主張に対する判断

(1) 原告は、市政の調査研究に要する費用はあくまでも議員自らが負担すべきものであるにもかかわらず、調査研究費は行政が議員に対して財政援助を行い、これによつて議員を行政に隷属させるものであるから、違法である旨主張する。

しかしながら、前述のとおり、調査研究費の支出に公益性が認められること及び国会議員についても立法事務費が支給されていること並びに本件全証拠によつても、右調査研究費の支給が議員に対して何らかの政治的な作為又は不作為を法的にも事実上も強制しているような事実は認められないことを合わせ考えると、調査研究費の支出が議員を行政に隷属させることになるとはいえないから、原告の右主張は理由がない。

(2) 次に、原告は、市会の各会派は、政治的思想を同じくする議員が相集つて結成されたもので、政治資金規正法にいう政治団体に該当するから、このような団体に対して支給される調査研究費の性格は、まさに同法一二条、同法施行規則七条において政治団体の経費として規定されている調査研究費に該当し、被告がこのような費用を公の財産から支出することは、違法である旨主張する。

しかしながら、こうした市政に関する調査研究は、その対象が広範多岐に及ぶものであることを考慮すれば、議員個人が個々別々に行うよりも、政治的思想、立場を同じくする議員の集団(会派)内で、所属議員が共同して行う方がより効果的、能率的であるうえ、調査研究費の支給対象とされている会派が政治資金規正法三条一項所定の政治団体に該当するかどうかは別として、同法は、「政治団体の届出並びに政治団体及び公職の候補者に係る政治資金の収支の公開及び授受の規正その他の措置を講ずることにより、政治活動の公明と公正を確保し、もつて民主政治の健全な発達に寄与することを目的とする。」(同法一条)法律であつて、地方公共団体から特定の政治団体に対する補助金の支出それ自体を禁ずるものではない(そのような禁止規定は、同法上存在しない。)。そして、調査研究費の経理については、前述のとおり、市会の自主的な要綱により支出基準、支出手続及び事後の検査体制が整備され、政治活動資金への流用を防止する措置も講じられていることをも合わせ考えると、市会の各会派に対して調査研究費を支出することが違法であるということはできない。

よつて、原告の右主張は理由がない。

(3) 更に、原告は、調査研究費は、議員個人に支給されるものであるから、その支出は法二〇四条の二に違反する旨主張する。

しかしながら〈証拠〉によれば、原告が差止めを求める調査研究費の支出根拠となつている本件新規則においては、支給対象は所属議員五人以上の会派に限られ、その場合にも支給は会派に対して行われ、議員個人に対しては支給しないこととされていること(三条)が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はないから、原告の右主張は、その前提となる事実を欠き、理由がない。

なお、原告は、会派の所属議員数によつて支給額を決定することは、実態として議員個人に支給することに外ならない旨主張するが、すべての会派に対して一律に同額を支給するのではなく、これに属する議員数を基準として支給額を決定することには、一応の合理性が認められるから、これをもつて実質上議員個人に対する支給であるということはできない。

よつて、原告の右主張も理由がない。

(4) 以上のとおり、調査研究費の支出には公益性が認められ、これを違法とすべき事由も認められないから、原告の主張はいずれも理由がない。

(三) なお、原告は、仮に調査研究費の支出に公益性が認められるとしても、支給を受けた各会派はこれを本件新規則の定めた本来の目的外に使用しており、また、被告は調査研究費の支出当時、既にこのことを知つていたのであるから、同費の支出は、なお違法である旨主張する。そして、〈証拠〉によれば、一部の会派の調査研究費の使途について不明朗な点が存した旨の新聞報道が行われ(昭和五七年一月二六日ころから同年二月二〇日ころまで)、このことが当時市会でも問題とされたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

しかしながら、仮に、右新聞報道のような調査研究費の使用の事実が存在し、かつ、それが違法であるとしても、このことをもつて直ちに将来調査研究費がすべて違法な目的に使用されるということはできないうえ、本件全証拠によつても、将来において各会派に支給される調査研究費すべてが違法な目的に使用されることを認めるに足りる証拠はない。更に、現時点では、将来使用される調査研究費のうち、どの範囲までが違法となるのか、また、被告の支出のうち、どの範囲までが違法性を帯びるのかの各区別を行うことは、不可能であるというべきである。

よつて、現時点においては、被告による調査研究費の支出が違法であることの証明もないうえ、将来の支出すべての差止めを求める必要もないといわなければならない。

(四) 以上のとおりであるから、本件請求のうち、調査研究費の支出の差止めを求める部分は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。

3  議員厚生費について

(一) 〈証拠〉を総合すれば以下の事実が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

(1) 厚生会は、市会の議員全体の教養の向上と親睦を図ることを目的とし、全議員をその構成員とする団体で、昭和三一年に設立され、今日に至つている。同会の組織は、事業部と野球部とで構成されており、事業部は、更に、観劇、釣及びレクリエーションの各部会に分かれている。そして、その構成人員は、昭和五六及び五七年度を例にとれば、別表(五)記載のとおりである(同会の事業内容は、当事者間に争いがない。)。

同会の経費は、会費(一人月額二〇〇〇円)及び市からの補助金その他をもつて充てており、野球部の経費は、厚生会からの交付金(年額七〇万円)、部費(一人月額一〇〇〇円)及び臨時の部費等をもつて充てている。なお、同会の昭和五六年度事業の実施状況は、別表(六)記載のとおりである。

(2) 市会議員は地方公務員法上の特別職に該当するために、同法四一条以下の厚生福利制度の規定は適用されないが、議員活動は、前述のとおり、広範多岐にわたり、登庁日数も増加して常勤者のそれに近い状況になつているので、このような議会活動を円滑かつ能率的に遂行していくためには、一般職公務員との均衡からも、議員に対する何らかの厚生福利制度を設け、これを充実させていくことが必要とされるようになつてきている。現に、法律に基づく制度としては、地方公務員等共済組合法一五一条一項二号に基づく全国的組織の市議会議員共済会による退職年金等の給付事業が行われているほか、公務上の災害についても、地方公共団体の非常勤の地方公務員一般に対して条例による補償制度の制定を要請した地方公務員災害補償法六九条一項の規定に基づいて制定された神戸市非常勤職員の公務災害補償等に関する条例(昭和四三年一月神戸市条例第四三号)による補償制度が設けられている。そして、議員による自主的な団体としては、前述した厚生会のほかに、市会の全議員が参加し、議員の相互扶助と親睦を図ることを目的とし、議員の慶弔等に係る給付及び成人病健康診断事業を行う神戸市会議員互助会が結成されている。

(3) このような議員に対する厚生福利制度の充実に対する要請及び制度面における整備を受けて、神戸市では、一般職の職員に対して公費で行われている厚生福利制度に相当するものとして、厚生会に対し、法二三二条の二に基づく補助金の支出を行つてきた。

(二)  以上認定の事実によれば、厚生会に対する補助金の支出は、前述した調査研究費におけるのと同じく、単に議員個人の厚生福利に資するのみならず、議員が議会活動に専念できるための条件を整えることにより、究極的には市民の利益にも資するものであるということができる。そして、前記認定の厚生会の会費、議員厚生費の額及び事業内容等に、〈証拠〉によれば、神戸市を除く政令指定都市の多くも、厚生会に類似した議員の厚生団体に対して同様の補助を行つていることが認められることを合わせ考えるならば、議員厚生費の額等につき、一般職の職員に対する厚生福利制度との対比において種々の意見がありうるとしても、社会観念に照らして著しく妥当を欠くとまではいえない。

よつて、議員厚生費は、法二三二条の二にいう公益性を充足するものということができる。

(三) なお、原告は、厚生会の事業のうち、観劇部会については、当該議員のほか、家族一人に対しても観劇費用が支出されているのであるから、こうした厚生会に対して無条件に補助金を支出することは、なお、違法である旨主張し、〈証拠〉によれば、右事実を認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

しかしながら、〈証拠〉によれば、神戸市の一般職員についても、家族も参加できるような厚生福利事業が行われていることが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はなく、更に、わが国では、使用者の行う厚生福利事業に従業員だけでなくその家族をも参加させる例が少なくないことは、公知の事実である。そして、右事実に前述した厚生会内に占める観劇部会の割合、同部会の事業内容、年間の事業規模及び同伴できる家族が一人であることをも合わせ考えるならば、その当否は別としても、この程度の家族参加の事実があるからといつて、厚生会に対する神戸市の補助金の支出がすべて違法であるということはできない。

よつて、原告の右主張も理由がない。

(四) 以上のとおりであるから、本訴請求のうち、議員厚生費の差止めを求める部分は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。

三結論

よつて、原告の本訴請求は理由がないものとして、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(村上博巳 笠井昇 田中敦)

別表(一)

区分

本件新規則

本件旧規則等

交付対象

①所属議員五人以上の会派(三条一項)。但し、右会派に所属しない議員でも、五人以上の会派と共同して調査、研究を行う場合は対象とする(一四条二項)。

①所属議員が一人の会派も対象となる

(規則一条)。

②議員に対しては交付しない(三条二項)。

②同上(規則二条二項)

交付基準

①所属議員五人以上一五人未満の会派

月額=二〇万円×所属議員数+二四万円

①所属議員五人未満の会派

月額=二〇万円×所属議員数

②所属議員一五人以上の会派

月額=二〇万円×所属議員数+四八万円

②所属議員五人以上一五人未満の会派

上記①に同じ。

(以上四条、新要綱二条)

③所属議員一五人以上の会派

上記②に同じ。

(以上本件旧要項一条)

使途制限

会派における市政に関する調査及び研究の目的以外の目的のために使用してはならない(九条)。

規定なし。但し、旧経理要綱に上記と同趣旨の規定がある。

実績報告

調査研究費の執行内容を議長を経由して市長に報告しなければならない(一〇条)。

規定なし。但し、右要綱に上記と同趣旨の規定がある。

剰余金

剰余金を生じたときは、当該年度終了後、市長に返還しなければならない(一一条)。

規定なし。

経理責任者

調査研究費の経理を明確に行うため、経理責任者を置かなければならない(一三条)。

同上(規則四条)

別表(二)

(1) 交際費的な経費

(2) 海外出張旅費

(3) 政党本来の活動に属する経費

(4) 会議に伴う食事以外の飲食、遊興の経費

(5) リクリエーション等の経費

(6) 選挙活動に伴う経費

(7) その他名目の如何を問わず議員個人に支給する経費

別表(三)

(1) 調査委託、出張調査、アルバイト雇用(控室で就業する場合)をしようとするときは、

議長に届け出なければならない。

(2) 出張調査後、出張調査報告書を作成し、議長に報告し、会派において保管しなければならない。

(3) 会議食料費は、年度間研究費の一〇パーセントを超えてはならない。

別表(四)

(1) 執行内容を年二回議長に報告しなければならない。

(2) 執行内容報告には、委託費支出一覧、会議食料費支出一覧

(一人当たり一万円以上又は一件一〇万円以上)等を添付しなければならない。

(3) 議長は、執行内容報告を検査し、疑義があると認めるときは、証拠書類等の提出を

求めることができる。

(4) 議長は、執行内容を不適正なものと認めたときは、その修正を命ずることができる。

別表(五)

組織

事業部

野球部

観劇部会

釣部会

レクリエー

ション部会

構成人員(人)

五六年度

一八

二〇

三四

七二

四二

五七年度

一九

一八

三五

七二

四二

別表(六)

部・部会

行事

経費(円)

(一人当たり)

事業部

観劇部会

観劇等四回(京都南座ほか)

一一六万六四〇〇

(六万四八〇〇)

釣 部会

釣り延べ三回(加太、香住)

一二八万九五五〇

(六万四四七七)

レクリエーション部会

旅行延べ一二回(宮崎、信州ほか)

二一九万八四三〇

(六万四六七四)

四六五万九八八〇

(六万四六五一)

野球部

親善試合等六回

一四一万〇〇〇一

(三万三五七一)

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